放課後。担任から会議室に呼ばれたワタシの足取りは重かった。
あの事で呼び出されたとは限らないが、考えられるのはあの事しかない。
そもそも、学校では出来る限り目立たず大人しく真面目に過ごしているワタシである。
担任がワタシを名指しで呼び出す理由なんて他に無い。
そのまま逃げ帰ってしまおうかと思ったが、ヘタに逃げた結果親に言われたらそれこそ一大事だ。
「はぁ…」
ワタシは会議室の前で大きくため息をつき、ドアをノックした。
「どうぞ」
ドアの向こうから担任の声がした。
「失礼します」
恐る恐るドアを開けると奥の席に担任が座っていた。
「まぁ、座りなさい」
担任はワタシを横に座らせた。
「わかってるとは思うけど…」
そう言って担任は今日の3時間目に書かされた「進路に関するアンケート」を出した。
「毎年こういう訳のわかんない事を書くのは必ず一人は居るんだけど、本気か?」
「はい」
ワタシは即答した。
「あの…。『希望する進路 就職』これはいい。ただ、『希望する職種 正義の味方』って何だ?」
「そのままです!正義の味方になって地球の平和を守りたいんです!」
「ウチの息子かよ!」
担任から即座にツッコミが入った。
「息子さんっていくつでしたっけ?」
「5歳」
「5歳ですかぁ…。その頃ってそういうの憧れますもんね…」
「いやいや。そうじゃなくてお前だろ!」
担任から再びツッコミが入る。
「はい…」
ワタシは思わずうつむいた。
「で。正義の味方っていうのは何だ?ピンク?イエロー?それともプリキュアか?」
さすがに子持ちだけあってそういう事には詳しい。
「どれでもいいです。とにかく正義の味方として地球の平和を守りたいんです!」
「どれでもじゃダメだろ。だったら、警察とか自衛隊とか海上保安庁でもいいだろ」
担任は答えをあらかじめ用意していたらしく即答した。
「いや…。ワタシ船酔いするから海は無理です…」
担任は少し考え込んだ。
「そうか…。それなら海上保安庁と海上自衛隊は無理だな…」
担任は手帳を開きワタシの名前と「×海保 海自」と書き込んだ。
「ところで、正義の味方ってどうやってなるんだ?学校にはそういう求人来てないぞ」
言われてみれば確かにそうだ。高校から正義の味方に就職なんて聞いた事が無い。
「テレビでやってる感じだと、リーダーみたいなのからスカウトされたり、空からネコだかイヌだかクマだかわかんない人間の言葉を喋る小動物が降って来て『地球を救って欲しい』みたいな事を言われてるけど、そういうの来たか?」
「来ないです」
当たり前の話だが、ワタシにはそんな事が起きてない。
「だろ。だったら無理だ」
そこまで言われると返す言葉が無い。
「とにかく。このまま出したら二人揃って進路指導室に呼ばれて怒られるのは目に見えてる」
「はい…」
ワタシは担任から差し出された消しゴムで「正義の味方」という回答を消した。
「ここは何て書けばいいですか?」
「『公務員』にでもしておけ。警察も自衛隊も公務員だし、ピンクだかイエローだかも公務員みたいなもんだろ」
「そうなんですか?」
ワタシは思わず聞き返した。
「そりゃそうだろ。山の中に秘密基地作って、武器やらメカやら巨大ロボ作ってビルやら道路ぶっ壊しながら街中で戦う会社なんてあったらすぐ潰れるだろ」
「そうですね…」
ワタシは納得した上で『公務員』と書き直した。
「ついでに、カッコして『警察、自衛隊』って書いとけ。そうしないと『今の子は安定志向が強くて、とりあえず公務員って書けばいいと思ってる…』って進路指導の先生がブツブツ文句言うからな」
「はい…」
担任に言われた通り、カッコして「警察、自衛隊」と書き加える。
「これでいいですか?」
ワタシは担任にアンケートを差し出した。
「うん。これでいい。あと正義の味方は求人が来てないし、遊園地でショーやってる会社の資料は無かったけど、警察と自衛隊はパンフレットがあったから参考程度に見ておけ」
担任から警察と自衛隊のパンフレットを渡された。
「あの…。ひとつ聞いていいですか…?毎年訳わかんないのが居るって、どんなのですか?」
ワタシは担任から渡されたパンフレットをカバンに仕舞いながら聞いた。
「ほとんどはふざけて変な事書くんだけど、何年か前に『ビッグになりたい』っていうのが居てさ…」
「何ですかそれ?」
「同じ事を思って、こういう風に呼び出して聞いたら『世界中を放浪してビッグな男になりたいんです!』だって…」
「はぁ…。それで今その人はどうなったんですか?」
当たり前だが、誰だって今どうなってるか気になる。
「今?すぐそこのコンビニでバイトしてるよ…」
「ビッグになれたんですか?」
「高校の頃より20kg太ったってさ」
「ビッグになりましたね」
「だろ」
見事なオチにワタシは爆笑した。
「とにかく。こういうちゃんとしたものにふざけた事は書くなよ。あと、帰り道リーダーみたいなのにスカウトされたり、空から人間の言葉を喋る小動物が降って来るかもしれないから気抜くなよ」
「はい。失礼します」
ワタシは大きく頭を下げ会議室を出た。