2019年3月4日月曜日

「かぼちゃ」と「なんきん」

 この間、関西では「かぼちゃ」を「なんきん」と言うみたいな話になって気になったので調べてみた。

 「かぼちゃ」は室町時代(天文年間)にポルトガル人がカンボジアから日本に持ち込んだ事から「カンボジア瓜」と呼ばれるようになり、それが「カンボジア瓜→かぼちゃ瓜→かぼちゃ」と呼び名が変わったというのが一般的な説。
 他にもポルトガル語でかぼちゃを意味する”abobora”から「ボウブラ」、唐から来た瓜という意味の「唐茄子」という呼び方もある。実際は品種など違うが方言などでかぼちゃと認識されている。
 そして「なんきん」は中国の南京から日本に来たかぼちゃなので「南京かぼちゃ」、「南京」と呼ばれるようになった。
 
ーここから少し話が逸れるー

・南京はこの頃中国の中心的な都市であり日本に向かう交易船の寄港地で、「南京豆(落花生)」や「南京虫(トコジラミ)」、「南京錠」などという呼び方もある。
・神戸にある中華街「南京町」はかつて日本で中国人街を「南京町」と呼んでいたが、時代の流れと共に改称されここだけが残って「南京町=神戸」となった。
・「かぼちゃ」を漢字で書くと「南瓜」になるが、この「南」は「南京」ではなく「南蛮」という意味で、「南蛮」とは当時中国の支配下に無い地域を「四夷(しい)」と呼び南部を「南蛮」と差別的な意味で呼んでいたが、当時の日本では海外から来た人や物を「南蛮」、「南蛮人」、「南蛮渡来」と呼び珍重されていた。

 ここから「なんきん」の話。
 なぜ関西でのみ「なんきん」という呼び名が定着したのかわからないが、「好色一代男」などの作者としても有名で江戸時代中期に大阪で活躍した井原西鶴が女性の好むものとして「歌舞伎、浄瑠璃、いも、たこ、なんきん」を挙げたという話があり、上方落語でも女性の好きなものとして「芝居、こんにゃく、いも、たこ、なんきん」という言葉が使われている。
 また、大阪出身の作家田辺聖子の半生を描いたNHK朝の連続テレビ小説「芋たこなんきん」も放送された(NHK大阪制作)
*「いも」はサツマイモのイメージだが、当時さつま芋は入手が難しく里芋だったという話もある。